一澤帆布相続問題

 カバンにはこだわる私。といっても、ヴィトンやグッチやエトロのバッグに走るわけじゃない。私はちょっと近所にお茶をしに行くにも、お財布や携帯、iPod、手帳2冊、あらゆる文具、文庫本一冊、ハードカバー一冊などを最低持ち歩く。これが大学の講義に行くときにでもなれば、辞書2冊、ノートなどがくわわって、"やわな"カバンだと一ヶ月も経たないうちに把手がとれてしまって使い物にならなくなってしまう。実際、ペルージャベネトンで通学用のカバンを買ったら、3日でショルダーが根元からもげてしまった。
 そのため、カバンを買うときには機能性と耐久性に慎重になるし、逆に街でちょっとでも気になるものがあると買ってしまうのだ。そのなかでも私の一番お気に入りの鞄は、一澤帆布の把手が一本ついたナップザック。なかに仕切りもなく、ポケットも表面に1個、ボタンつきのものがあるだけでシンプル。荷物が多くても少なくても、背負ってるだけでさまになるし(ボクサーみたいだけど)、なにしろ丈夫で、そのわりにはお値段も9000円とお手ごろ。

 そんな私が今日いちばんおどろいたニュースが、一澤帆布のカバンが当面製造・販売中止となると言うニュースだ。

 人気ブランドかばんの「一澤帆布(いちざわはんぷ)工業」(京都市東山区)で前会長の三男・一澤信三郎社長が解任され、信三郎氏は24日、別のブランド名でかばん製造を始める方針を表明した。従業員の大半が既に同氏とともに同社を離れており、「一澤帆布」ブランドの製造販売は当面ストップする見通し。
 同社では株式の3分の2超を相続した前会長の長男・信太郎氏と四男が昨年12月に信三郎氏を解任し、代表取締役に就任した。しかし、信三郎氏側は、同社の製造工場を賃借する有限会社「一澤帆布加工所」に製造部門の従業員65人全員を転籍させ、解任後もかばん製造を継続していた。


 この騒動自体は昨年から知っていた。でも先日京都に行って本店に立ち寄ったときも、いつもと同じような繁盛ぶりで在庫もあり、店員さんが「修理も受け付けていますよ」と言っていたので安心していたのだ。それからわずか十日ばかりで、製造中止という事態になってしまうとは。


 相続問題それ自体には、あまり興味がなかった。前社長と新社長のどちらの言い分が正しいのか、部外者ではわかりようがないのだから。ただ、これまでと同じような良質のカバンを作ってくれればいいと思っていた。ところが事態はますます混乱してきたみたい。

 信太郎氏側が申請した工場の明け渡しを求める仮処分を京都地裁が認めたため、信三郎氏は期限の3月1日までに応じる方針で、「従業員と共に新ブランドのかばんをつくる。新たな工場を探して製造体制を整えたい」と話した。
 信太郎氏側は「一澤帆布工業に損害を与える」として、類似かばんの製造差し止めなどを求める法的手続きをとる意向。「戻る意思のある従業員を受け入れるなどして『一澤帆布』のかばん製造を続けたい」と話すが、人材確保など課題も多い。


 私はてっきり信三郎さんたち職人さん側が、いったん商標を変えてこの事態を乗り切って、最終的には信太郎さんが折れることで収束するものだとばかり思っていた。だって売り物がなくなってしまったら、新社長側だって経営する意味がなくなるわけだし、なにより、一澤帆布のカバンを好きな顧客を混乱させるなんて、ブランドイメージの低下でしかないのだから。ところがそのまさかのイメージダウンの手を、新社長さんはうったわけで。
 もしこの製造差し止め請求が通ってしまったら、コトは一澤帆布内だけの問題で収まるのか疑問。だって、犬印といった多くの帆布屋さんが、似たスタイルでカバンを作っているのだもの。
 信三郎さんたち職人さんたちが独立して、あらたに生産し始めたカバンが差し止めを受けたとする。そしたらその裁定の解釈しだいでは、信太郎さんら新社長側は他社の帆布製品にも口を出すことが可能にならないだろうか? 


 信三郎さんの主張の全部が全部正しいとは思わないのだけど、こうした新社長の信太郎さんのやり方を見ていると、彼は顧客を見ているのではなくて顧客の落とすお金しか見ていないのだと思ってしまう。


 イタリアに出発する前にもういちど京都へ行って、6年来使っているカバンの修理を頼もうと思っていたのだけれど、それも知恩院前の本店で受け付けてもらうことはできなくなってしまった。これで差し止め請求が通ったら、どこで頼めばいいのだろう?職人さんのほとんどいない新社長の「一澤帆布」で頼もうとは思わない。
 かといって職人さんたちが新たに作るだろう新ブランドで、これまでどおりの修理を頼むことができるのだろうか?「残念ながら、過去の一澤帆布製品の修理は法的にできないことになってしまいまして…」と言われないだろうか?


 少しでも早く、昔のような顧客にやさしい一澤帆布に戻ってほしい。

帆布リンク

「信三郎さんと職人さんたちの」一澤帆布サイト。10日前まで修理や商品紹介もあったのだけど、今は完全に、この事態に対する職人側の説明サイト。

浅草に拠点を置く帆布屋さん。紫色といった、鮮やかな帆布を使った小物がかわいい。全体的におしゃれ。

鎌倉は小町通りに最近できた帆布屋さん。少しかすれたような色合いの帆布。からし色や若草色の帆布に皮把手の旅行鞄などが印象的。

2006/02/28 18:10追記